大和郡山の小泉、なだらかな丘の上に、慈光院という寺がある。寛文三年(一六六三年)、茶人・片桐石州が、亡き父の菩提を弔うために建てた。石州は小泉藩の藩主であり、みずから一流を開いた茶の湯の宗匠でもあった。山門は、一国一城令で取り壊された摂津の茨木城から移し、屋根を書院に合わせて茅で葺き直したものである。
書院に座ると、目の前に白い砂が敷かれ、その向こうに、つつじの大刈込が、ゆるやかな稜線のようにうねっている。庭師が毎年、鋏を入れ、同じ高さに刈りそろえてきた線である。石組はほとんどなく、砂と、刈込と、低い生垣だけで、この庭はできている。三百五十年あまり、その形が保たれてきた。
生垣の向こうには、大和の平野が広がっている。田と、家々の屋根と、遠くの山なみ。どれも、誰かがそこに据えたものではない。生垣は、その眺めの前に立ちふさがらないよう、わざと低く抑えられていて、手前の刈込と、遠くの山とが、ひと続きの景色になって見える。
人生において、理想を掲げることは 非常に重要である。
それに向かって努力し、 結果成長することにもつながるからである。
しかし、もし物事が自分の理想通りに いかない時があっても、嘆いたり、 落ち込んだり、怒ったりしないことだ。
それは傲慢以外の何物でもない。
そんな時は、ありのままを受け入れる 心が必要である。
世の中は成るべくして成っている。
書院では、抹茶が一服、運ばれてくる。訪れた人は、それを手にしたまま、しばらく庭を見ている。刈込の線は、人の手が引いたものだ。その先の平野は、はじめからそこにあったものだ。日が傾けば、遠くの山の色が変わり、田の面が光る。この庭は、その平野を、いちども変えようとしてこなかった。