奈良駅から少し北へ歩くと、大佛鐵道記念公園という小さな公園がある。園内には、蒸気機関車の動輪をかたどった記念碑が置かれている。ここには昔、大仏駅という駅があった。東大寺の大仏へ参る人が降り立つ、その名のとおりの駅である。加茂と奈良をつなぐこの路線は、明治三十一年に開業し、人々はそれを大仏鉄道と呼んだ。
けれども、この鉄道が走ったのは、わずか九年だった。途中の黒髪山のあたりに急な勾配があり、坂を登るのに力のいる、扱いのむずかしい道だった。やがて、加茂から木津をまわって奈良へ至る、平らな新しい線路が引かれた。少し遠回りではあったが、きつい坂がない。大仏鉄道は、その役目を終えた。駅も、線路も、やがて静かに取り払われていった。
今、その跡をたどると、赤煉瓦のアーチや、石積みの橋台が、田んぼのあいだにぽつり、ぽつりと残っている。築堤は木立にのまれ、切り通しには落ち葉がたまっている。加茂から奈良まで、三、四時間ほどの道のりを、人々はゆっくりと歩く。汽車の走らなくなった土地を、鳥の声を聞きながら、日なたの側を選んで歩いていく。
ある日突然、昨日まで普通にあったものが なくなってしまうことがある。
そして、それが自分の力ではどうしようも ないことであることも多い。
そんな時は嘆き苦しみ、悲しんでしまいがちである。
しかし、少し冷静に状況を整理し、 観察する心の余裕を持ってみよう。
案外、その昨日まで普通にあったものがない方が、 後々の人生が上手く行くことにつながる、 ということもあるのだ。
『自分が、それがないと駄目だと思い込んでいただけ。』 突然の喪失が、その事実を気づかせてくれたのだと感謝しよう。
歩く人の多くは、ここに汽車が走っていたことを知らない。赤煉瓦の橋を見上げて、ずいぶん古いものだな、と思うくらいである。九年で消えた鉄道の跡は、百年あまりの時をかけて、静かな散歩の道になった。加茂へ、奈良へ。急ぐ用のない人が、今日もそこを、一歩ずつ歩いている。